「冒険者に捧ぐ100の言葉」の更新と、気ままに描いたラクガキの掲載。
2007.09.01 Sat
船は、ようやく大邑の港へと入港した。
積荷の上げ下ろしの慌しさに紛れて、キトは地上へと降り立つ。
先に下船していた“常盤屋”の主は、
自分の従業員へ何事か指示を送っているところだったが、
キトが駆け寄ってきたことに気付くと、こちらへと向き直ってくれた。
「よぉ。船酔いはしなかったか?」
トキワの言葉に、キトは大きく頷く。
幸い、慣れない船旅で具合が悪くなることはなかった。
「ほんとにありがとう、トキワ。すっごく助かった!
この借りは、いつか必ず返すから」
キトが大真面目に言うので、トキワは口の端を上げた。
「出世払いってやつかよ」
「そう、それそれ」
「あー、無理だ無理だ。
おめぇみたいな男、歳を重ねても出世するはずがねぇ」
「なんだよそれー!ひでぇや!」
せっかくの感謝の気持ちを無下にされたようで、
キトは口を尖らせて抗議した。
対してトキワは、ふふんと鼻を鳴らす。
「おめぇの将来には期待はしてねぇよ。そのかわり、
次に生まれ変わった時にでも、めいっぱい俺様に貢ぐこったな」
意地の悪い笑みを浮かべると、くるりと背を向けて歩き出した。
キトは、慌ててその背に向かって声を張り上げる。
「見てろよ、いつかトキワよりもすげぇ奴になってやるからなー!」
トキワからの返事はなく、
しかし彼はこちらに背を向けたまま、ひらひらと手を振って見せたのだった。
<第1章 了>
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2007.09.01 Sat
大邑の港までは、丸々1日の行程だと、トキワは言っていた。
碧峰島と大陸を結ぶ航路は、近いようでいて遠い。
それはひとえに、島と大陸のはざまにある海流が関係しているのだという。
時間によって流れを変えるというその海流に合わせて、船を操舵しなければならない。
そのため、流れが掴めなければ、場合によっては、
何時間も海の上で「流れ」がやってくるのを待つこともある。
待っている間に時化や大波にでも遭おうものなら、その被害は半端ではない。
「海の旅ってのは、結構命がけなんだぜ」
いつだったか、トキワが冗談交じりに言っていたのを思い出す。
船倉の硝子窓から水平線を眺め、キトは溜息をついた。
やはり海路は、陸路とは勝手が違う。
そこまで人間の自由が奪われるものだとは、思いもしなかった。
この広い海を越え、兄は一体、何を目指したのだろう。
敢えて危険を冒してまで、何故、あの豊かな碧峰の島を出たのだろう。
キトの頭の中では、同じ疑問がぐるぐると渦巻いていた。
キトはただ、その答えが知りたかった。
そして、できることならば、兄を島へと連れ戻したいと願っていた。
2007.09.01 Sat
波が、船底をさらう音。
時折大きく傾ぐ船体に、キトは己の体を持ってゆかれないようにと踏ん張る。
もんどりを打つとまではいかぬとも、
常にふわふわとした足許の不安定さには閉口する。
全てが、キトにとっては馴染みのない感覚だった。
しかし贅沢は言えない。
積荷と一緒にキトを乗船させたことは、
大陸商人のトキワにしてみれば、特別の計らいなのだ。
子供1人をこっそりと船に乗せるのがそんなにも大変なことだとは、
書類とにらめっこして積荷の数をごまかしているトキワの姿を見て、
キトは初めて知った。
いつか、トキワにはこの借りを返さなくちゃな。
分不相応にも、ぼんやりとそう思う。
硝子窓の向こうには、自分が生まれ育った碧峰の島が見える。
波間に洗われ、少しずつ遠ざかってゆく、故郷の島。
キトはその島影を見つめながら、小さく呟いた。
「待ってろよ、みんな。
オレが必ず、兄ちゃんを連れて帰ってきてやるからな」
2007.09.01 Sat
キトの真摯な眼差しに、トキワも表情を改める。
「“お願い”、ねぇ…。あいつの――ことか?」
その言葉に、キトは頷いた。
「兄ちゃんが島を出てから、もうふた月が経った。
連絡は一度もないし、兄ちゃんが帰ってくる気配もない。
みんな心配してるんだ。今頃、どうしてるんだろうって」
「だから、奴の行方を捜すってか。あまり――賛成はできねぇがな」
「どうして」
「あいつは自ら望んで、独りで出て行ったんだ。
そっとしておいてやるのが、思いやりってモンだろ」
しかしキトは、勢いよく首を横に振った。
「あの兄ちゃんが、何の理由もなく島を出たはずがない!
何か、わけがあるんだ。オレはそれを知りたい」
短い沈黙が落ちる。
先に口を開いたのは、トキワだった。
「――分かったよ。大陸で、あいつに関する情報が入れば、
おめぇに知らせる。それでいいんだろ?」
やれやれと溜息をついたトキワに、キトはぶんぶんと手を振った。
「いやいや、違う。違うよ、トキワ」
「はぁ? じゃあ、おめぇの言うところの“お願い”ってやつぁ、一体…」
そこまで呟いた後、察しのよい大陸商人は目を見張る。そして次に、苦い顔になった。
「おめぇ……まさか…」
対してキトは、へへへと笑って頬を掻く。
「そゆこと。いっちょ、よろしく頼むよ、“常盤屋”の旦那!」
2007.09.01 Sat
「おっ。おめぇ、いい物に目ェつけたな」
言ったのは、大陸商人のトキワだった。
彼は年に数回、あちらの品を船に載せて、この碧峰島へとやってくる。
キトは自分の手の中に納まっている物をまじまじと見つめ、トキワに尋ねた。
「何? この短刀って、そんなによく切れんの?」
「いや、切れねぇ」
「は? 切れないのに“いい物”って、なんかおかしくね?」
「切れなくても、“いい物”なンだよ。その短刀は、ただのお飾りだ。
大陸で見つけたんだけど、
せっかくだから、碧峰の玉(ギョク)をあしらってもらおうと思ってな。
――でもいいや、おめぇにやるよ。持ってきな。
いつか、おめぇの役に立つかもしんねぇ」
切れない短刀がどう役に立つのか分からなかったが、
くれるものは貰っておくに越したことはない。
「……ありがとう」
ひとまず礼は言っておいた。
どういたしまして、とトキワは目を細める。
切れない、刀。
キトは短刀の柄をぎゅっと握り締める。ややあってから、顔を上げた。
トキワの目を、ひたと見据える。
「なあ、トキワ。お願いが、あるんだ」
2007.09.01 Sat
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