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「冒険者に捧ぐ100の言葉」の更新と、気ままに描いたラクガキの掲載。
2025.04.25 Fri
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2008.01.29 Tue



「俺たちみんなで、国作りをしてみないか?」

それが、慶琳の言うところの“ちょっとした重大発表”だった。

「ここ大邑(タイユウ)をはじめとする大陸東部地域は、
 皆も知っての通り、統治国家のない無法地帯だ。
 幸いにも、天龍(ティエンロン)山脈という自然の砦があるから、
 南のアル・ジャヒール王国も、北のターニア王国も、
 ここら一帯には手を出せずにいるがな」

言いながら、慶琳は机上に広げた地図を軽く叩いた。
先ほどまでは酒と煙草に酔いしれていた男たちも、
今はすっかり表情を改め、皆真剣に、慶琳の話に耳を傾けている。
彼らの顔を一人ずつ見渡し、慶琳は満足そうに頷く。
そして先を続けた。

「しかし遅かれ早かれ、奴らはこの土地に攻め込んでくるだろう。
 特に北のターニア王国は、虎視眈々とその機を伺っている。
 目的は――分かるよな?
 そう、碧峰島の“碧玉(ヘキギョク)”だ。あいつは売れば金になる。
 “碧玉”が採れる碧峰山脈の採掘権を手に入れんとして、
 奴らは、大陸東部を自分たちの支配下へと置きたがるはずだ。
 正式な統治者もいない、法の整備も整っていないこの土地に、
 異国の人間が攻めてきてみろ。
 あっという間に蹂躙されちまうのがオチだ」

場の誰も、言葉を発することができない。
皆それぞれ、慶琳の言葉と意図を正確に理解すべく、
自分の頭の中で彼の言葉をじっくりと吟味している。
その中できょとんとしている戴牙の方を見やり、
慶琳は「ちなみに」と付け加えた。

「蹂躙ってのは、
 力でもって、人や土地をめちゃくちゃにしちまうって意味だ」

なるほど、と戴牙は頷く。そりゃ大変な事態だ。
慶琳はさらに続ける。

「よその奴らにここを荒らされちまう前に、
 自分たちでまとまって、予防線を張っておく必要がある。
 その為には、ここいらで一発、
 どーんと国を作るのが手っ取り早いと思わねぇか?」

にっこりと笑って提案する慶琳に、
団員の面々は互いに顔を見合わせる。
いつものことながら、この指導者の提案は突拍子もない。
しかし今回の場合、話の筋道は通っているし、何よりも、
国作りなどという壮大な目標はなかなかに面白そうではないか。
団員たちの目が、輝きを帯びてくる。

「まぁ、国を作るとは言っても、主体となるのは俺たちじゃない。
 ここの――大邑の連中のケツを叩いて、焚きつけてやるんだ。
 今のあいつらは、俺ら“黒蠍”に依存し過ぎていて、
 自分たちの町のことすら人任せという、甚だ腑抜けた状態にある。
 だから、あいつらの中に溜まった、いらねぇ毒を全部出してやるんだよ。
 将来的には、土地の奴らが国を統治できるようにもっていけばいい。
 俺たちはあくまでも、ただそのきっかけを与えるに過ぎないんだ」

慶琳はもう一度、場に集まる全員の顔を、一人一人見渡す。
覇気に満ち満ちた、男達の顔を。そして彼は、口角を上げた。

「俺たちの蠍は、毒を与えるだけじゃない。
 その逆もできるんだってことを、思い知らせてやるんだ。
 ――大陸中の人間にな」

慶琳の言葉が終わるや否や、溜まりかねたように男達は雄叫びを上げた。
半地下の酒場は、熱狂の渦に飲まれる。
皆、慶琳を取り囲み、その肩を叩いたり、新しい杯を持ってきて酌を注いだりして、
自分達の前途に功業あらんことを願う。

そんな大人達の中、戴牙もまた、胸の高鳴りを抑えることができずにいた。
自分達の手による国作り。
その壮大な目標に、例の碧峰の少年と共に取り組みたい――、
そう考えることは、戴牙の心をますます奮起させたのであった。





慶琳、思いつきだけで国作りを提案。
口が立つのでそれらしい理由をくっつけてるけど、
ほんとのところは「面白そうだしー」の一言に尽きると思う(笑)

ちなみに、大陸中心に位置するナバラは中立を宣言している為、
慶琳たちにとっては脅威の対象でないという事情。

見ての通り、『天球儀のかけら』とリンクした世界観なのです。ひひひ。

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2008.01.24 Thu


その宴を提案したのは、他でもない慶琳だった。
街の一角にある居酒屋の、半地下を貸し切って行われた。
店の主はもちろん、”黒蠍”の一員だ。

室内を満たしているのは、
むっとするほど強烈な酒の匂いと、
目に痛いくらいの煙草の煙と、
そして酒瓶を片手に肩を揺らす、大人達の笑い声。

まだ酒の旨さも煙草の愉しみも理解できない少年――戴牙(タイガ)は、
大人達が羽目を外す様子を、壁際から不思議な気分で眺めていた。
そこへ、声をかけてくる者がある。

「――お、戴牙。お前、飲んでるかぁ?」

緊迫感と威厳に欠ける口調。全身を包むのは黒い拳法着。
ゆったりとした足取りで、傍らには美しい女を三人ほど引き連れて。
その手には、なみなみと酒が注がれた杯を持って。

「慶琳」

名を呼ぶと、戴牙たち“黒蠍”の指導者は、にっこりと笑う。
女たちを下がらせると、戴牙の隣までやってきて壁にもたれた。

「あれから、例の奴には会えたのか? あの、碧峰の奴」

問われ、戴牙はがっくりとうなだれた。力なく首を振る。
それを見た慶琳は、あはははと笑ってから手の中の杯を一気に飲み干した。

「それにしても、お前は相変わらずバッカだよなー。
 勧誘しようと思ってる相手なのに、何で名前を聞き忘れるかなぁ。
 ばーかばーか、戴牙のばーか」

屈辱的な言葉を連呼され、戴牙は思わず反論した。

「で、でもそいつ、ほんとすっげー強かったんだぜ!
 碧峰島の武術って面白いのな!
 なんちゅーか、こぅ……、流れるような動きの……」

「あぁ、それは”水”の構えだな。
 碧峰の連中は、自然の息吹を感じて、自分の流れとするんだよ。
 ――戴牙。お前が言うんだから、そいつは相当の使い手だと俺は信じる。
 次に会った時には、がっちりと捕まえて逃がすんじゃないぞ。
 場合によっては、手段を選ぶな」

「それって、拉致ってやつじゃあ……」

「まぁ、そうとも言うな」

さらりと呟き、慶琳は戴牙の頭を軽く叩いた。
戴牙は、歳の離れたこの指導者のことを、自身の兄のように慕っていた。
そしてまた慶琳も、言葉や態度はぶっきらぼうなものの、
組織で最年少の戴牙のことを、何かと気にかけてくれている。
慶琳のその何気ない心遣いが、戴牙には嬉しかった。

「さて、と。そろそろ頃合かな」

呟くと、慶琳は壁から離れた。それを見上げ、戴牙は首を傾げる。

「何? 今から何か始まんの?」

戴牙からの問いに、慶琳はふふんと得意げに笑って見せた。
その目が、悪戯を思いついた時の子どものように、楽しそうに輝く。

「ちょっとした、重大発表があるんだよ」





久々のお題更新。
毎回、お題絵の構図を考えたりそれを描いたりするのに時間がかかるので、
今後は絵の方を手抜きさせてもらいます…。
もしかしたら、文章だけの掲載になってくるかも。

1回あたりの文章掲載量、
あまり長くならないように心がけてはいるのだけど、難しいなぁ(笑)

さておき。
キトとガチンコ勝負をした少年の名前が、ようやく登場。
戴牙<タイガ>といいます。よろしゅうに。
偶然にも、こないだ生まれた友人の息子と同じ名前で(漢字は違うけど)、
なんだか不思議な気分。

戴牙と慶琳以外の団員たちも、
そのうちに登場させることができればと思ってたり。

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2007.11.23 Fri


かつて、大陸南部を騒乱の渦に叩き落した男がいた。
彼の名は慶琳(ケイリン)。
当時、齢18という若さで彼は、「大罪人」の汚名をその身に着せられることとなる。
罪状は、国王暗殺未遂の咎による。

狙われたのは、大陸の南部を支配下におく、科学国アル・ジャヒールの君主。
暗殺計画は失敗に終わったものの、
実行犯と思われる男は警吏の手をかいくぐり、現在も逃走中。

暴虐の限りを尽くすことで有名な君主の命が狙われたとあって、
国民は、男の行為を陰ながら称えた。
その賞賛はやがて、英雄伝説へと肥大する。

男には、男自身も知らぬところで、通り名がつけられるようになった。
“黒衣の弑逆者”――。
誰が言い出したのかは分からぬが、人々は彼を、そう呼ばうようになっていた。
いつの日か彼が、今度こそかの暴君を倒してくれることを願いながら。

そして現在。
その事件からは4年が経ち、男は――慶琳は、
大邑(タイユウ)の私設治安部隊“黒蠍”における指導者となっていた。
アル・ジャヒール国の法の手が及ばない、この大邑の町で。





これまた久々のお題更新。

「關於這個男人、通緝中」は、
「この男、指名手配中につき」という意味でっす。
中国語に関する知識が皆無の人間なので、ネット翻訳機能を使ったのだけど。
文法的に合っているのか間違っているのかすら、さっぱ分かんない(笑)

“黒蠍”のリーダー、慶琳。
キトとガチンコ勝負をした少年よりも先に名前が出てしまった。
お題の順番に沿って物語を進めてゆくのは、結構難しいものだな…。

さておき、慶琳。
あんたシュミに走ったわねとか言わない、そこ(笑)
暴君の暗殺未遂とかやってのけてるけど、
正義感とはほど遠い人間だったりなんかしちゃったり。
「暗殺って、なんか面白そうだなー」というだけの理由で実行に移した阿呆です。
勢いと強運とカリスマが、彼の武器。

ちなみに、こいつの生まれ代わりが笹になるのだと思う。
うん、今思いついたのだけど。(アバウトやなー)

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2007.10.05 Fri


「それにしてもあんた、強いのな」

不意に少年が、まじまじとキトの全身を眺めながらそう言った。
キトは肩をすくめて見せた。

「オレ、碧峰(ヘキホウ)の出身だから。一応は武術の心得があるんだ。
 そういうお前こそ、強いじゃないか」

技は荒いけど、という言葉は、ひとまず飲み込んでおく。
キトからの賞賛に、少年は、まぁねと得意げに胸を張った。
そしてキトの目の前に、人差し指をびしりと突き出す。

「あんた、いい素材だよ。うちのボスにも言っておく。
 そのうちに“黒蠍”からの勧誘が行くかもしれない」
「えっ? 勧誘って、何だよそれ、おい…!」
「まぁ待ってなって。あんたならボスも大歓迎だ」

言うだけ言うと、少年は軒下から飛び出した。雨は既にやんでいる。

「じゃあな、いい手合わせだった! また今度な!」

こちらの返事も待たずに行ってしまった。
その場に残されたキトは、呆然とその背を見送る。

「“また今度”って……。
 名前も何も言ってないのに、どうやってオレのこと探すんだろ…」

呟いたが、当の少年の姿は既にない。

「……ま、いっか。なんとかするんだろ、きっと」

ぽりぽりと頭を掻くと、キトも軒下から路に出る。
肝心な、兄に関する情報を今の少年から聞き出せなかったことは、
キトの中ではさして問題ではなかった。
あいつに聞いてもどうせ、何も知らないだろう。
もっと賑やかな大通りに出て、大人たちから情報を集めた方が得策に決まってる。

そう結論付けると、キトは再び、迷路のような路地裏を歩き始めた。
この後、自分が迷いに迷って宿の前まで戻ってしまうことなど、露も知らずに。


<第2章 了>




久々の更新。
「少年」の顔が少しずつ変わってきてる…。

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2007.09.01 Sat


2人の頭上で轟いていた雷は、
時間と共に東の方角へと遠のいていった。

しかし、地面を叩きつける雨は一向にやむ気配がない。

さてどうしたものかと、キトが軒下から空を見上げていると、
足許で何かが動く気配がした。
見やると、先ほどまでうずくまって頭を抱えていた少年が
ゆっくりと立ち上がったところだった。

「もう大丈夫なのか?」

キトが尋ねると、少年は一瞬だけキトの目を見てから、
ばつの悪そうな顔をして視線を逸らした。そして、小さく頷く。

「さっきは、その……悪かったよ。
 俺、ここの見張りを任されててさ。ちょっと気を張りすぎてたかも」

そっぽを向いて頭を掻く姿を見ていると、
先ほどまで荒々しい攻撃を仕掛けていた少年と同一人物だとは、にわかには信じがたい。
あの剥き出しの殺気をして、
“気を張りすぎている”ではすまないだろうとキトは思ったが、口にしなかった。

「見張りってことは、お前、“黒蠍”の一員か。
 “黒蠍”って、子どもでも入れるんだな」

感心してキトが呟くと、少年は不意に眉間に皺を寄せた。

「俺は子どもじゃない」

「え、じゃあお前、歳はいくつだよ」

キトの質問に、少年は一瞬、ぐっと言葉に詰まる。
しかしわざとらしいくらいに背筋を伸ばすと、すました顔を見せた。

「じゅ、17だよ。立派な大人だ。そういうあんたはどうなんだ」

問い返され、今度はキトがぐっと詰まる。

「お、オレも17歳、だ」

とっさに嘘をついた。4年分、早く生まれたことにしておいた。
そうしないと、なんだか負けるような気がした。

「へ、へぇ、あんたも17か」

「ふ、ふん、偶然だな」

お互い不自然なくらいに背筋を伸ばし、
相手より少しでも自分を大きく見せようとしていることに
――自分の嘘を見抜かれないようにしていることに、2人は気付いていなかった。

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2007.09.01 Sat


空に、光が走る。

相手の異変に気付いたのは、互いの息が切れ始めた頃のことだった。
力任せの拳がキトの顔を掠める音と、
その合間に聞こえる、少年自身の息遣い。

キトはふと、その息遣いが気になって攻撃の手を休めた。
防戦一方に回る。
それを好機と見たのか、少年はますます間合いに踏み込んで、
キトの懐を狙おうとする。

しかし。

少年の呼吸の乱れ方がおかしいのだ。
大きく肩をいからせていたかと思いきや、
喉の奥でひゅっと音を立てて浅い息を繰り返す。
ひどく不自然な呼吸。

キトは眉をひそめた。
目の前の少年が、技に多々荒さは見られるものの、
かなりの使い手であることは一目瞭然だ。
それなのに、らしからぬ呼吸の乱れよう。
当然のことながら、少年の息の乱れに伴って、
攻撃の鋭さも当初より各段に落ちている。

思い切って、キトは地を蹴って後ろへ大きく跳んだ。
間合いを開き、二人の少年は再び対峙する。

腰を落としたまま、キトは目の前の少年を見つめた。
技の力量などはキトとあまり変わらないだろうに、
明らかに、少年の方が息を乱し、疲労している。

上空で、雷鳴が低く唸りを上げている。
先ほどよりも近付いてきているようだ。
雨の匂いも強くなりつつある。

閃光の奔る空。

少年が大きく息を呑むのが、キトの耳にも聞こえた。
ややあってから、腹に響くほどの重低音が大気を震わせる。

「――なあ」

思い切って、キトは口を開いてみた。
構えの姿勢は崩さぬままに。

「もしかしてお前……雷が怖いのか?」

まさかなーと思いながら何気なく発してみたその言葉に、
少年は必要以上に大きく肩を震わせると、きゅっと唇を噛み締めた。
表情こそ平静を保とうとしているものの、顔は既に蒼白だ。
しかし気丈な性格がそうさせるのか、キトの顔をじっと見つめたまま、
どこまでも強気の姿勢を崩さない。構えも崩さない。

「何言ってんの? この俺が雷を怖がってるって?
 そんなこと、あるわけな……」

その言葉を遮るかのごとく、辺りが白い光に包まれる。
直後、二人のすぐ頭上で、大気を切り裂く轟音が鳴り響いた。

どうやらそれが限界だったようだ。

「――なあ」

次に少年が口を開いた時、その声は見事に震えていた。

「い、一時休戦、っていうの、ど、どうだ?」

目が、必死で訴えかけている。
早くこの場から逃げ出させてくれ、と。
他人事ではなく、キト自身もこのまま突っ立っていると危険だ。
兄を探す為に大陸まで来ておいて、落雷に遭ったなどとは笑い話にもならない。
キトは、体の構えを解いた。

「いいよ、一時休戦だ」

その言葉を合図に、二人は全速力で建物の軒下へと逃げ込んだ。
我先にと避難し、そして大きく息を吐く。
少年にいたっては、その場でしゃがみ込んで頭を抱えてしまう始末だ。
キトはそんな彼を見やり、やれやれと思いながら腰に手を当てた。
最初に見せた、あの冷たいほどの眼差しと殺気は一体どこへいったのだろう。

雷からは少し遅れて、最初の雨滴が地面を叩いた。
やがて路地裏はけぶるほどの雨に包まれた。

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2007.09.01 Sat


少年とキト、2人の頭上で翻る旗は、紛れもない――。

「ねぇ。ここは“黒蠍”の縄張りだよ。あんた、分かってんのかい?」

箱の上に座ったままの少年が、再び口を開く。彼の顔から笑みは消えていた。
キトはそれに答えなかった。
ただ少年の瞳をじっと見つめ、彼が次に取り得る行動を予測した。
こちらが隙を見せようものなら、一気に仕留めにかかるつもりなのだろうか、
少年は先ほどから殺気を隠そうともしない。

「“黒蠍”。知らないってわけじゃないよね?
 俺たちに楯突くと、色々と大変な目に遭うよ」

言うや否や、少年は箱から飛び降りる。
猫のように軽やかに着地すると、キトへと向き直った。

狭い路地裏で少年たちは対峙する。

依然として少年を見据えたまま、キトは奥歯をぎゅっと噛み締めた。
この、殺気。
逃げられる気がしなかった。
もとより、この状況で背中を見せるだなんて、まっぴらごめんだ。
性に合わない。合わなさすぎる。

2人の間を、湿った冷風が吹き抜けた。雨の匂い。
雨。海。水。水のちから。
キトはそっと息を吸い込み、そして吐き出す。
右半身を少しだけ後ろへ引き、腰を落として構えの姿勢を取った。
体の奥底から、泉のように何かが湧き出てくるのを感じる。
雨。海。水。水の――ちから。

「へぇ」

少年が、面白そうに片眉を上げた。

「やるのかい?」

返事の代わりに、キトは腰を更に低く沈ませる。
後ろへやった右足、その親指の辺りを軸にして力をこめ、
いつでも地面から跳躍できるようにしておく。

「ちょうどよかった。俺、すごいヒマしてたんだよね」

そう言って、少年が目を細めた。獲物を見つけた獣の目。

先に地面を蹴ったのは、果たしてどちらだったのか。
一瞬のうちに、2人の間合いはなくなる。
キトが手刀で空を切れば、少年はキトのその手を叩き落す。
少年がキトの顔面を狙って拳を繰り出せば、
キトは少年のその手に少し力を添え、拳の軌道を受け流す。

空気の流れに沿った攻撃と、己の力をぶつける防戦。
荒削りな打撃と、流れるような防御。
性質が正反対の手合わせはしかし、間断なく続けられた。

互いに譲らなかった。

あたりを雨の匂いが強く包む。
遠くの空で、雷鳴が轟き始めていた。

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2007.09.01 Sat


大邑の町に着いたその日は、港近くの宿で過ごした。
そして翌日から早速、キトは行動を開始した。
些細なことでもいい、兄に関する情報を集めるのだ。
自らの軽快な足取りと、人並み以上の体力を活かした、
キトなりの最良の捜索方法だった。

大邑では、大きな通りから外れると、
そこはもう迷路のような路地が複雑に入り組んでいる。
建物の造りも似たものばかりなので、
よそ者がふらふらと迷いこもうものなら、ものの数分で元の道に戻れなくなるほどだ。

これは、かつて大きな戦があった時代、
この町が戦場になった時に少しでも敵の足を撹乱させることを目的として、
街区の設計がなされた名残である。
攻め込んできた敵の大半は、市街戦になるや否や、
その迷路に誘い込まれて袋小路へと追いやられ、
最終的には無残な末路を迎えることとなったのだ。

そしてキト自身も、例に漏れず迷い人となって裏通りを歩いていた。

「あっれぇー?
 この置物、さっきも見たような気がするんだけどなー」

独りごちながら頭を掻くその様子からは、
行方不明の兄を探しているのだという危急さは、欠片も見当たらない。

「んんんー、まっ、いっか。
 適当に歩いてれば、そのうちに店か何か見えてくるかな」

非常に前向きな発言をすると、キトはそのまま歩き続ける。
“とりあえず手当たり次第に聞き込みをする”――それが、キトの立てた作戦だった。
が、しかし。
宿を出てからすぐに裏通りへと迷い込んでしまったため、
実を言うと、まだ誰にも聞き込み調査ができていないのが現状だ。

そんなキトに救いの手を差し伸べるがごとく、路地の先に人影が見えた。
その人影は、道端に放置された箱の上に座り、ぼんやりと空を眺めている。
どうやら、キトと同年代くらいの少年のようだ。

「おぉ、第一まちびと発見!」

キトは安堵の息をつくと、満面に笑みを浮かべて少年へと駆け寄る。

「なぁなぁ、ちょっと訊きたいことがあるんだけどさー!」

その声に、箱の上の少年がこちらを見やった。黒い短髪に、髪と同じ色の、冷たい瞳。
――刹那、キトは本能的に立ち止まる。
自分の中の危険信号が、大急ぎで警告を発し始めていることに気付く。
すさまじい速さで全身の血がどくどくと波打っている。
少し開いた口で浅く呼吸を繰り返し、キトは何とか平静を保った。
これは――この気配は、目の前の少年が放っているこの気配は、紛れもない、“殺気”だ。

じんわりと嫌な汗をかいているキトを見つめ、少年は薄く笑みを浮かべた。

「ねぇ。ここ、誰の縄張りか分かってんのかい?」

覚えず、キトは頭上を見やる。何かの影が、ひらりと動いた気がしたからだ。
影の正体は、はためく赤旗(せっき)。その中央に描かれているのは、蠍の尾。
そこには、この町の「治安部隊」とやらを意味する集団の旗が、
これでもかというほどに堂々と翻っていた。

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2007.09.01 Sat


キトにとって、兄は英雄そのものであった。

具体的に、何がどう、と言葉で説明することは難しい。
ただ一つ言えるのは、
弟であるキトの目から見ても、彼に欠点などなかったということだ。
その証拠に兄は、人好きのする気性も手伝って、島の皆から慕われていた。

しかし兄は時折、岬から海の向こうを見つめ、
いつか自分は大陸へ行ってやるのだと漏らしていた。
いつか絶対に、この島を出てやるのだと。

キトには、何故兄が、
そんなにも大陸へのこだわりを見せるのかが理解できなかった。
島で暮らしていれば、家族もいるし友人もいる。
そのまま大人になって、父のように鉱山で働き、そして日々を営めばいいではないか。
わざわざ島を出る必要など、ないではないか。

しかしキトは何も言えなかった。
島を出てやるのだと呟く兄の顔が、ひとかたならぬ自信に満ち溢れていたからだ。

兄のことを思い出すとき、キトの中では真っ先にその顔が思い浮かぶ。
まるで目裏に焼きついたように、鮮やかに再生されるのだった。

その表情があまりに印象に強すぎたのだろうか、
兄がいなくなってからまだ2ヶ月ほどなのに、
キトには、兄の他の表情が思い出せなかった。

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2007.09.01 Sat


大邑<タイユウ>の町のいたるところでは、赤い旗が風にたなびいている。

赤旗の中央に描かれているのは、黒い胴体に、鋭い尻尾。
砂漠における影の暗殺者とも言うべき生き物を模した旗は、
まさしく、その町で最強を誇る集団を表すにふさわしい象徴だった。

武装集団“黒蠍(くろさそり)”――。

恐ろしく統制されたその組織は、
大邑の町の全てを取り仕切っていた。
権力も、金やモノの流れも、人の心も、全て。

それは、正式な統治者の存在しないこの町にとっては、
むしろ好都合なことであった。
武装集団とは言っても、“黒蠍”は決して、人民を虐げたりはしない。
町の秩序を保つため、また、外敵から町を守るため、
時にはその尾を振りかざすこともあるというだけだ。

夜空に蠍が昇る季節が巡ってくると、
人々は皆、窓辺に供物を置いて祈りを捧げた。
この町が、ずっと安泰であるようにと。
彼ら“黒蠍”が、自分達をずっと守ってくれるようにと。

その祈りの行方は、果たして神なのか、それとも蠍の尾なのか。
人々は、それすらも分からずにただ祈りを捧げた。

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プロフィール
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オガチョ
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自己紹介:
ガンダム(主に宇宙世紀)・攻殻機動隊・エヴァ・スプリガン・少年ジャンプ系のあれやこれや・FFシリーズ・キングダムハーツなどなどが大好物。小説や映画は雑食かも。
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